退院してからしばらく経ったある日、夫が「何か食べたいもの、ないか?」と聞いてきました。
その何気ない一言が、私には胸にじーんと響くほど、うれしかったのです。
元気だった頃は、夫がよく料理やお菓子作りをしてくれていました。
けれど、入院と治療を経て、ずっとその意欲を見せることはありませんでした。
それが、また自分から「作ってみようか」と言ってくれるようになるなんて…。
「もう、食べたいものなんていっぱいあるよ」
そう言いながらも、最初は遠慮がちに「おにぎり…かな」と答えました。
おにぎりと一緒に蘇った思い出たち
おにぎりといえば、たくさんの思い出があります。
元気だった頃、お弁当を持って出かけた先々で、夫が作ってくれたおにぎりを一緒に食べました。
山登りの途中、紅葉を見に行った日、釣れない釣りに付き合った日、子どもたちが遊ぶ公園のベンチで…。
中でも印象的だったのは、公園でお弁当を広げていたら、年長さんくらいの小さな男の子と女の子がやって来て「僕たち結婚式するの」と言ってきたこと。
あの時は、慌てて場所を譲ったけれど、あまりにも可愛くて、夫とふたりで笑いながらその場をあとにしたのを覚えています。
こちらに引っ越してからも、あちこちにお弁当を持って出かけました。
その度に、夫のおにぎりがあるだけで、なんだか特別なお出かけになったのです。
今の夫が握ってくれたおにぎり
さて、そんな思い出を胸に、夫が作ってくれた今回のおにぎり。
身体がまだ思うように動かず、熱々のご飯に手こずる様子もありました。
ラップで握ろうとすると「あつっ」と顔をゆがめ、苦戦していましたが、さすがは夫。
クッキングシートをしわくちゃにして使えば熱さを感じにくくなることを発見し、見事に握り上げてくれました。
具は、私の大好きな「おかか・マヨネーズ・わさび・めんつゆ」。
3つの味…とまではいかなくても、今回は2つ、心のこもったおにぎりを作ってくれました。
それだけで、もう十分。
「ありがとう。作ってくれて」
そう伝えると、夫はちょっと照れくさそうに笑っていました。
本当は、卵焼きやウインナーも添えたかったみたいですが、今回はそれだけで精いっぱいだったようです。
卵焼きとウインナーは、また今度のお楽しみということにしました。
またお弁当を持って出かけよう
夫が台所に立って、私のためにごはんを作ってくれる。
そんな日常がまた少しずつ戻ってきたことが、何よりも嬉しいです。
あの公園へ、お弁当を持ってまた行きたいな。
今度は私が、おかずをちょっとだけ頑張って作って、夫のおにぎりと一緒に詰めてみようと思います。
そしてまた、ふたりで笑いながら、外でのんびりとご飯を食べる時間を楽しめたらいいな。